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修煉体験

イタリア人の私にとって 『轉法輪』は唯一無二の本

イタリア人の私にとって 『轉法輪』は唯一無二の本
10/11/2018 武田
法輪大法の学習者の煉功姿

私は今年68歳です。法輪大法を修煉して以来、私の心理的健康状態は最良に達しました。

小さい時から、私はずっと人生の意義を探し求めていました。しかし、いくら一生懸命に道を探求し(私はキリスト教、佛教、道教および神智学に関する多くの書籍を読みました。知人たちは私が真相を研究する人だと認識し、勘違いしていたほどです)、いくら一生懸命に探し求め続けても、内心の渇望を満たす答えが見つかりませんでした。

私はよく自分の理解について友達と意見交換し、実際、自分の生存意義の困惑を満たすことができる一種の個人的な理解を形成しました。少なくとも私自身はそう思っていました。2003年のある日、勤務中に、同僚から電話があって、インターネットに掲載された1枚のチラシを紹介されました。彼女は「このチラシには中国のある修煉の哲学が紹介されています。その理念はあなたが私に言ってきたこととすごく似ています」。また、そのチラシには真・善・忍という原則を信奉する中国人が迫害に遭っているとの言及もあったそうです。

そのチラシを目にした時、私はサイトの名前が圓明網であることに気づき、そこからある種のエネルギーを得ていると感じました。そのエネルギーに後押しされて、私はこの修煉方法に関するあらゆる情報を探し始めると、すぐにそのホームページにつながりました。私は一種の巨大な力に吸い込まれて、サイト内のすべての書籍と各地での説法を読み始めました。

1冊目の本は『轉法輪』でした。私は深く吸い込まれて、数時間で読み終えました。その本を読み終えたとき、私が一生涯をかけて(ひいてはもっと長い時間かもしれないが)探し求めていた全ては、この本の中にすべて含まれていることが分かりました。私はやっと自分の師、李洪志先生を見つけました。

その瞬間から私は煉功を怠けたことがなく、他のものへの探究もキッパリ止めました。

私は6年間独りで修煉し、すべての書籍と説法を学ぶことを通じて理解した内容を実践し、ビデオから功法を学びました。

修煉の初期に経験した病業の関を今でも覚えています。それが1年目のことでした。ある日、起床した途端、私は急に強烈な眩暈(めまい)に襲われて立っていられず、目を開けることもできず、すぐにベッドに戻って横たわっても不快感を覚え、再び座り直しました。その不快感は非常に強烈だったのですが、私の内心はものすごく静かで、まるで第三者がその不快感を経験するのをみているようでした。もしかして師父が業を滅して下さっているかもしれないと私は思いました。心配になった家族は私を病院に送ろうとしましたが、私は自分でこの状況を処理できるので、医者に診てもらう必要はないと言って、家族を安心させました。

その状態が丸3日間続いた後、4日目の朝、私はすごく速いスピードで過呼吸をし始め、身体が他人にコントロールされているような感じでした。不思議にも、私はまたも部外者のように静かにその状態を観察していました。突然、私は身体のど真ん中から外に向けて眩しい光が爆発した光景を見ました。それはただの一瞬で終わりました。その後、私は眩暈から解放され、立ち上がっても何の不快感もありませんでした。

その日、師父は私の大部分の業を滅して下さったことが分かりました。私は法輪大法と師父の真の力を自ら経験しました。その瞬間から、私は疑いを抱いたことがなく、修煉の決意がさらに強まりました。

私は学法を通じて師父の説法を理解し、さらにお教えを実践に移し、徐々に接する人々に法輪大法の紹介も始めました。修煉者が増えるにつれて、私たちは地元で煉功点を設けました。イタリアの佛学会とローマの協調人の助けの下で、私は多くの国や地域の活動にも参加しました。

修煉の過程で私は多くの関や難を経験し、病業や根本的な執着を取り除く試練もありました。これらの(個人の理解では)試練に直面した時、私は師父が私の面倒を見ておられて、私の修煉の向上を助けて下さっていると考えていました。この考えによって、私はいかなる困難をも乗り越える力を頂いてきたのです。

師父に感謝し、師父の慈悲に感謝しています! 私は学法を怠らず、真・善・忍の原則を堅持し、正法修煉の最後の道のりをしっかり歩み、精進し続けていくことを誓います!

出典:明慧ネット