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体験談

自分の心を大切にしてこなかった私

自分の心を大切にしてこなかった私
12/08/2020 nhung

子供の頃、私は親の前で自分の気持ちを押し殺し、いい子を演じていました。そうやって、親に自分を受け容れてもらおうとしていました。親からすれば、それは躾けということだったでしょう。

しかしそんな風に自分を偽ることを習慣のように長年続けてきたせいか、いつの間にか、私は自分の本心が分からなくなってしまいました。

自分を押し殺して人と合わせることができましたので、表面的には普通の人間でした。

しかし内面では、人づき合いが苦手で、大きな不安を抱えた人間でした。嫌われるのを恐れ、自分の気持ちを伝えることができませんでした。人とフランクなやり取りが自然とできている人を見ると、私は羨ましく思っていました。

自分は何のために生きているのか、ずっと分かりませんでした。今思えば、自分の心を大切にしてこなかったのですから、それも当然のことです。

日本では毎年数万人の自殺者がいて、世界でみても多いそうです。その原因のひとつは、おそらく私のように心をおろそかにしてしまう人が多いからだと思います。

学校で道徳という授業がありました。だけど私は、まともに聞いていませんでした。子供ながらに、表面的な綺麗事だと思っていたのを覚えています。今の日本は、心を大切にすることを教えない社会だと思います。むしろ心を二の次にして、そつなくこなす要領の良さを推奨しているように思います。不器用な人には生きにくい社会です。

それは、心を大切にしないと幸せになれないことを知らないからだろうと思います。私自身、50歳にもなった最近、ようやく分かるようになってきたところです。器用に生きても、結局は幸せになれないのです。なぜなら、相変わらず心には不安が残っているからです。

自分が本当に望んできたものは、人と信頼し合うことであったり、心を許し合うことではないか、率直なやり取りができる間柄ではないかということが、ようやく分かりかけてきました。人の幸せは、きっとそこにあるのだろうと思います。そしてそこにたどり着くには、自分の心に向き合うことが必要だと思います。

法輪功は、自分の心を修めることを教えます。

昔の日本にはあったのかもしれませんが、今では見えにくくなってしまった、心の大切さを伝えています。

私のように心を偽ってきたタイプには、もしかしたら、最初はとっつきにくく感じてしまうところがあるかもしれません。

ですが本当の幸せは、多分、心を修めるところにしかないと思います。諦めずにいれば、少しずつ、分かるようになってきます。

法輪功は、真善忍を大切にします。これは心を修めることに繋がっていて、本来、人として当たり前で自然なことなのだろうと思います。

私は、その当たり前で自然なことから、これまでずっと逸れてきました。そして、逸れていることに気づいていませんでした。

でも法輪功と出会って、私はそこに戻ってみようと思います。

◆東京の代々木公園で毎週土曜の朝9時から気功を練習しています。ご興味のある方はお気軽にお越し下さい。

(東京都在住・阿部)