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【修煉と健康】 李宝慶教授の体験
李宝慶教授は清華大学を卒業後、ハイテク総合研究と自然科学の最高研究機関である中国科学院に在籍していた。李教授は水理学の領域で多くの研究成果を上げ、数々の賞を受賞し、1997年には英国ケンブリッジ国際有名人センターが編集した「国際有名人辞典」に登録された。 法輪功について、李教授は病弱だった彼の妻が修煉してから健康を取り戻したことからよく知っていたが、健康だった彼自身は修煉することなど考えもしなかったという。しかし、科学研究に没頭していた1995年、彼は帯状疱疹と突発性難聴をわずらい、病院で治療を受けてもなかなか病状は好転しなかった。 1996年、李教授は妻の勧めを受けて法輪功の勉強会に参加した。9日間の勉強会が終わった時、すべての病状が無くなり、長年の喫煙と飲酒の習慣もピタリと消えたという。彼は法輪功修煉の素晴らしさを実感できたと語る。 数10年間の科学研究と23年間の修煉の道を歩んできた李教授は、実証科学の問題点に関して、次のように指摘する。 「実証科学は肉眼や器具を用いて人類のこの空間の物質を研究しているだけで、見えないものの存在を認めず、別の空間の存在も認めないため、唯物論や無神論、闘争哲学、適者生存、弱肉強食などの進化論の邪説にとらわれ易いのです。本当の科学者は自分の思想に固執すべきではなく、自分の認識を絶対化せず、自分の不足を認めて、絶えず探求し前進できるように努力すべきです」 出典:大紀元日本
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法輪功のおかげですい臓がんの進行が止まる
私が法輪功をはじめたのは、職場の検診の人間ドックで、すい臓に腫瘍が見つかったのがきっかけです。血液検査、エコー、胃カメラ、MRI、PET などありとあらゆる検査を行い、病院の先生からは「悪性腫瘍であれば、すい臓だけでなく、胃も脾臓も摘出しなければならない。大変難しい手術で、命を落とすこともある」と言われました。また、すい臓がんは、癌の王様とも呼ばれ、3 年生存率が 15%という極めて進行が早く、非常に治療が難しい病気です。このことを聞いて私は、絶望し、涙に暮れていました。 そのとき、長年、法輪功をやっている母が「法輪功を始めてみない? 私も法輪功のおかげで、リウマチと膠原病が完治したのよ」と言ってくれました。母は、法輪功を始める前は、リウマチと膠原病による全身の痛みと疲労感が酷く、病院に通い、ステロイドの副作用によるムーンフェースに悩まされていたのですが、法輪功を始めた後は、全く薬を飲んでいないのに、全ての病状が消え、今ではとても明るく元気に暮らしています。私も、この病気を克服するのは法輪功しかないと思い、法輪功を始めてみることにしました。 1 年後、また人間ドックを受けましたが、腫瘍は大きくなることもなく、病院の先生からは「あなたは若いから進行も早いはずなのに、不思議ですね」と言われました。私は法輪功を続けていればきっと腫瘍もそのうちなくなると固く信じ、これからもずっと続けていきたいと思っています。 また、副次的な効果として、あれほど悩まされていたひどい肩こりが全くなくなり、ガサガサの肌がもちもちになり、高い化粧品がいらなくなりました。以前は、毎週のようにマッサージに通い、マッサージ師の人からは「背中と肩が岩のように硬いわね。こんなに硬い人はなかなかいない」と言われていたのですが、今は、とても身体が軽快で、首のこりも肩のこりも全くなくなり、マッサージが不要になりました。 今、いろいろな病気や体調不良に悩まされている方は、是非、法輪功を始めてみてください。私のように絶望した状態から、きっと希望の光が見えてくると思います。 出典:人生と希望の新たな歩み〜法輪功の病気治療効果〜
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肉眼で見えない変化・頑固で独りよがりな性格がよくなった
修煉とは高齢者か浮世を見限った失意の人がするものというのが一般の観念であり、もし病気治療や健康保持の目的でなければ、誰が気功を学ぶだろうかと、修煉する前の沈さんも感じていました。 医師は台湾でも人々が敬愛する社会的地位と収入を持ち、上流階級に名を連ねます。沈錕進さんは誰もがみなほめたたえる歯科医で、自分の診療所を持ち、妻は賢明で有能で、子供も賢く、幸せに満ちた家庭で、心地よい人生にあふれていました。しかし人々がうらやましがる「沈医師」は、妻に「沈さん」の愛称で呼ばれていましたが、その性格と言動は家族に受け入れられず、沈さんは「以前の私は性格が悪く、子供に厳しく、すぐに怒り、子供がルール違反をすればきびしく追及したので、彼らは私を恐れていました」と語りました。3 人の子供は沈さんの声を聴くと足がすくみ、親子の会話や団欒などは言うまでもありませんでした。 1997 年~1998 年の春までの間に、妻・瑞蘭さんが法輪功を学んで心身が大きく改善されたため、医師の沈さんも深く感動して法輪大法の修煉を始め、日常生活を心から反省し、さらに性格を少しずつ変えていきました。娘の目には「秦の始皇帝のような暴君がサンタクロースになった」かのように映り、日常生活や人生に対する態度、また周囲の人々に対する印象も変りました。それまでとは別人のようになった性格と人生観に、人々は驚きを隠せず、同時に「真・善・忍」の真理の根底にあるエネルギーと超常性を讃嘆しました。 沈さんはこのように一生を過ごすのだと思っており、中年に差し掛かったとき、自分は身体が強いと自認しており、妻が学んでいることを運動だとみており、興味を持ちませんでした。1997 年 11 月末、瑞蘭さんは友人の紹介で法輪功を修煉し始めました。最初のころ、沈さんはいつも通りに傍観的な態度を取り、もともと修煉など信じていなかったのですが、修煉後に妻の心身が明らかに変わるのを見て、好奇心から法輪功のことを調べ始め、数カ月後には一緒に大法を修煉していました。煉功し、日ごとに深く法を学ぶにつれ、法理に対する認識と心性が絶えず向上し、すぐに酒やたばこをやめ、マージャンもやめ、生活上の言動にも信じがたい変化が現れました。瑞蘭さんは「いつから始まったのかはっきり覚えていませんが、ある日仕事から帰ると、台所の食器がきれいに洗ってあり、しばらくすると、米がきちんと研がれており、またしばらくすると、ご飯が炊けており、さらにしばらくすると、野菜をきれいに洗って鍋の中に入れてあり、私が仕事から帰ると、暖かいご飯とおかずがすでにテーブルに並べられ、みんなが食事を待っていました」と語りました。現在に至るまで、沈さんは自分から家族全員の食事を作り「男子厨房に入るべからず」という男性の観念の影響を受けず、いつも「家で料理をする男」と自称し、時には同修を呼んで家で手軽な食事を作り、修煉体験を交流しました。 沈さんは心性を守りその患者と争わず、表面上は「やり返さず」にいましたが、心の中は激しく乱れ、家に帰った後に妻と交流すると、瑞蘭さんは「まだ取り除かれていない執着があるかもしれないので、心の中を探しましょう」と注意しました。沈さんは法を学ぶ時間を増やして内に向けて探し、毎回自分が不満に思う心を取り除き、いわれなきもめごとに善意で対応しました。何回か診察するうちに、この患者は道理をわきまえず怒鳴り散らしたり要求することはなくなりましたが、沈さんの心はすでに乱れず、最終的に入れ歯を無償でこの患者に貸与し、実際には無料でサービスをしたのと同じでした。患者は喜んで借用書にサインしましたが、この時沈さんはすでに不満に思う心を完全に捨て去っており、その患者を恨んだり、怒ったりしないばかりか、心性を向上させる機会を与えてくれたと感じ、この患者に感謝したのです。 修煉する前の沈さんは飲み食いや、遊びを重ね、定期的にテニスで運動し、自分は若く健康で丈夫で病気や悩み事はないと、驕りたかぶっていました。ある時、筋肉に違和感を感じ、目の見えないマッサージ師に按摩をしてもらいながらおしゃべりしていると、マッサージ師は突然「ところで、いったいどれほどきつい業界で仕事をなさっているのですか。なぜ筋骨がこんなに緊張し固くなっているのでしょうか?」と尋ねました。その時、沈さんはまだ 38 歳だったのです。 法輪功を学んで数年経ったある日の午後、沈さんが風雨の中で診療所に戻ったとき、70 歳すぎの高齢の目の見えないおばあさんが診療所の前の椅子で長い間沈さんを待っていました。沈さんはすぐに扉を開け、おばあさんを支えながら診療所に入り、長いこと待たせたことを詫びると、おばあさんは「大丈夫です」と答え、おばあさんを連れてきた孫はちょうど 先ほど帰ったところだと言いました。家族は沈さんが忙しいことを知っており、別の医師の所に行くように勧めても、おばあさんは絶対に待つと言うので、家族は理解できませんでしたが、おばあさんは家族に「沈先生は信用できます」と言ったということでした。 それを聞いて沈さんは、笑いながら「もしかしたら、このあたりの医師の中で私が一番年上なので、信用できるのでしょう」と答えました。おばあさんは「そうではありません、沈先生がどんなに年上だといっても、40 歳ぐらいなのに、どうして一番年上なんですか」と言いました。沈さんが実際の年齢をおばあさんに伝えると、おばあさんは「普通の人は外見からその人の年齢を決めますが、私たち目が見えない者は心で相手を感じるのです。毎回治療する時の話し声や動作、それと、先ほど私を支えて入ってきた感触から、沈先生はまだ 40歳になっていないと思いました」と自分の感じたことを話しました。実は、沈さんはそのとき…
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「人類の本質にかかわる」「80歳で20年病気知らず」 転法輪で得たもの
法輪大法の修煉交流会が2015年10月16日、アメリカ・ロサンゼルスのコンベンションセンターで開かれ、世界中から4500人以上の法輪功学習者が集まった。 これにあわせて、法輪功の書籍をそろえる専門店「天梯書店」のブースが置かれ、30ケ国語以上の関連書籍がならんだ。世界各国から集まった学習者たちは、それぞれ指導者・李洪志氏の著書や、気功動作のときに流す煉功音楽を買い求めた。 ロサンゼルスからの青年 「全人類の本質にかかわる内容」 「法輪功の本は、より高い次元で善悪の判断基準を示すだけでなく、より善良な人間になりたいと思わせる不思議な力がある。人の道徳水準を昇華させる」 ロサンゼルスから来たペリー・ウズノグルさんが、はじめて法輪功の指導書『転法輪』を読んだ時に感じたことを語った。現在、カリフォルニア州の芸術学校・飛天芸術学院に勤めている。 2008年に『真善忍国際美術展』を見て、伝統芸術の素晴らしさを知り、法輪功を修煉し始めた。もともと中国の伝統文化に興味があったペリーさんは、どうすればもっと善良になり、人の役に立つことができるのかを考えていた。 ヨガや太極拳、武術等を習ったが、法輪功を見つけた時、全ての問題を解決することができたという。本のなかには「人類の本質に関係する全てのこと、そして先史文明や超能力、気功の現象」なども書かれており、長年の疑問も全て解決できたと喜びの気持ちを語った。 メキシコからの元クリスチャン一家 法輪功、ずっと探していた道 「小さい頃、私たち家族は修める道を探していたが、なかなか見つからなかった。法輪功は健康な体を得られるだけでなく、宇宙の特性『真、善、忍』にそって心性を向上させることができる」と元キリスト教牧師ジョセ・ルイズ・サンチェスアルバレスさんは語った。 また、小さい頃からの縁について触れた。「幼いころ、何気なく描いていたイラストがある。5年前、初めて『転法輪』を読んだ時、なかにある法輪の図を見て、昔描いていた図だと気づき、すぐに修煉を始めた」という。 80歳の高齢者 20年間医者いらず 姿勢が正しく、はつらつとし、笑顔を振りまいていた80歳の楊さんは「これまで太極拳と気功を数十年習ったが、病は良くならなかった。しかし、法輪功を始めてから生まれ変わったかのように身体が変わった」と喜びの声をあげた。 修煉を始めてから、身体は心と関係し、心が変わらなければ健康な体は得られないことが分かった。「転法輪は心を善良にする力がある」と述べた。 「座禅をするときに、雑念があってはならない。私も初めはさまざまな執着心があったが、転法輪を繰り返し読むうちに、心が浄化された」と語る。20年の修煉の中でおこたることなく、毎日2時間、第5功法の座禅をしている。 80歳を超えると、多くの人は病気持ちで介護が必要となる。しかし楊さんは20年間、病院にもかからず薬も飲んでいない。お年寄りの健康と心の充実は、子や孫の幸福でもある。 法輪功の指導書は世界40カ国語以上に翻訳され、日本語版を含め、すべて法輪大法のホームページで無料でオンラインで読むことができる。https://falundafa.org 出典:大紀元時報日本
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メニエール病が治り 絶望の中から幸せを取り戻した
今振り返ってみれば、あの3カ月間は生きているのがとても辛く、まるで地獄のようでした。その地獄から這い出ることができた体験をお話ししたいと思います。 2009年11月のことでした。こたつに入り寝転んでテレビを見ていたところ、突然画面がピカット光り、なにっ!?と思い起き上がったところ、激しい目眩が起きました。立つことができず主人にトイレまで連れていってもらい、おう吐し続けてそのまま動けなくなり、救急車で病院に搬送されました。メニエール病と診断され家に帰されました。それからの毎日は、目にするもの全て揺れ動き、立つこともままならず、ベッドとトイレを行き来する日々でした。 1カ月が過ぎた頃から眠れなくなり、睡眠薬を使わなければ眠れない状態になり、2カ月ぐらい服用していました。病院の先生に少し薬をやめるようにと言われ、試したところ、薬なしでは眠れなくなっていました。何度も、何度も挑戦してみましたが眠れません。病気の回復もかんばしくなく次第にうつ状態になり、死にたいという気持ちになっていました…。 病気になってから友人が毎日のように電話をかけてくれ、私の悩み事をいろいろと聞いてくれました。その人に度々「死にたいの」ともらすようになりました。その度に、友人は「死んではだめ、死んでどうなるの」と何度も励ましてくれました。気を取り直し、メンタルクリニックに行って治してもらおうと思いました。先生に「私が治してあげます」と言われ、先生を信じて通院しようと決めました。ところが薬は睡眠薬でした。これで治るのかと不安でしたが、薬が軽いのですぐに目が覚めてしまい、心が動揺して前よりも辛かったのです。 絶望感の中で友人が、「それなら気功で治してもらったら」と言ってくれました。何年か前その友人に気功を習いに行かないかと誘われたことがありましたが、私はその当時、とても健康で仕事もしていたので行きませんでした。友人も1人で行く勇気がなく仕方なく断念しました。今回再び言われ、わらをもつかむ気持ちで行ってみようと思い、電話帳でさがしました。 偶然が重なり、近くで気功教室が見つかりました。そこは中華料理店でした。さっそく電話で確認をして行きました。病気を治してくだいと言うと「人が治すものではなく、自分で心と身体を健康にするものですよ」と言われ、少し動作を教えてもらいました。 翌日、少し離れた所に気功の練習場があると言われ、行くことにしました。まだ、メニエール病のため歩くのもやっとなので、夫に連れて行ってもらい、夫も気功の動作を一緒に1時間しました。少し辛かったですが、最後までやり切ることができました。その夜、睡眠薬を飲まないで寝ました。不思議なことに朝まで目が覚めず、ぐっすり寝ることができたのです! すぐに夫に伝え、2人で喜びました。本当に嬉しい出来事でした。友人や親戚にもすぐに連絡をしたら、とても喜んでくれました。その時、「この薬が私を苦しめたのだ! こんな薬はもう二度と飲まない」と思い、その場で全部廃棄しました。 気功の練習場に行くと「私達は本を読んで心を正し、動作をして身体を健康にすることが目的です」と言われ本を読むことになりました。しかし、開いて見るととても難しい本でした。こんな難しい本は私には読めないと思いましたが、言われるがままに読むだけでした。あれほどやめられなかった薬を、気功の動作をしただけでやめることができ、私にはもう気功しかない、これを続けて行こうと決心しました。 それから1週間ぐらいは眠ることができましたが、また眠れなくなり、眠れない時は本を読みました。そうすると心が落ち着き眠りにつくことができます。 気功に出会えて本当に良かったと、つくづく思いました。ストレスもなくなり、気功のある日はほとんど行きました。だんだんと良くなっていく中でメニエールの薬を飲むことを止めたり、また飲んだりを繰り返し、2カ月が過ぎた頃、完全に薬をやめて薬を全部廃棄しました。その頃から徐々に身体の調子がよくなり、眠ることも気にしなくなり、次第に良くなりました。毎日気功の動作をし、座禅をして、法輪功の本を読むことも少しずつ頑張っています。 座禅も気功の動作の中の一つです。ある日、テレビでうつ病についての番組があり、うつ病になると何事もやる気を失い、考えることはマイナスな事ばかりで、人との接触も避けるようになり、最後には死に至ることもあるそうです。そこで、うつ病には座禅がいいと言っていました。それを聞いた時、私のうつ病は座禅の効果がおおいにあったと確信しました。これからも続けていきたいと思います。 今は夫と一緒に気功を頑張っています。友人も学び始め、一緒に頑張っています。あの時、気功に出会っていなかったら今の自分はありません。これからも気功なしでの生活は考えられません。 地獄のような生活、絶望の中からの幸せを取り戻すことができたことに本当に感謝しています!気功に出会えたことに感謝します! ◆東広島市の鏡山公園で、毎週日曜日の午前10時〜12時まで気功を練習しています。興味のある方はお気軽にお越しください。 (広島県在住・森原) ◆その他の地区の気功教室の情報はコチラ